一詩人は、その異性とふたりっきりになる。そこは寺島も高坂も入り込めない、このふたりだけの真実(ま)空間に過ぎない、過ぎないが閉ざされた一個の詩人と女優だけの世界、ただこの世の艶(つや)在る闇、だ。だが、このときばかりは、その艶がいつもとは違い、ささくれだっていた?詩人はけっして他者を否定、しない。だのに、あのときの詩人は紛れも無く、苛立っており、自分をお座成りにしていた。彼女が、彼を糾弾しよう、...
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- 2007-02-17
- 『爛熟』不定期連載
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その部屋には、詩人は存しない。ギター弾きと小説家が語り合う。 「おまえ、なんであんなもの、書いたんだ!?」 「・・・何故、でしょうね?俺にも判らないですよ。」 「ちったあ、奴の気持ち、いや、お前が判らねえはずはねえんだろうけどな・・・ちょっと逸ったんじゃああるまい?」 「・・・・・・」 「あいつにしては珍しくおまえのことを詰ってたぞ」 「・・・・・・」 「知らねえぞ。ああいうことは、案外、火種に...
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- 2006-11-01
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高坂はあの時分、よく自身の机に肘をつき、難しい顔を呈して、空想の只中に浮遊していた。浮遊といえば、そら優しいが、窓辺を横切る雲の切れ切れを寝そべってただ、追いつ追われつし、想いたった一文をノートに書き込むかのようなスタイルの僕とは違って、彼はさもがんじがらめに自身の身体を、机に拘束させ、机に縛り付け、机に引き篭もって文章を編まねば気が済まないような様子が伺える性質であった。 そんな高坂が、何か一...
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- 2006-10-25
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彼らはきっと僕が詩を編む、という概念のほかに居る、僕の詩を愛でるという、観念のきっとその惑いのほかに在る・・・寺島は、当時既に大家として世に名を轟かせていた洋画家を母に持つ、その子息で身のこなし、佇まい、その会話の節々に到るまで何よりも鼻持ちならず、一見して僕に生理的とも言えよう嫌悪感を漂わす男だった。生まれも素性も違う。さも当たり前過ぎる、この当然の隔たり。既に始まりからして、そう、だったのだ...
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- 2006-10-20
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あの時のことを僕は、ここに白状せねばならない。 突き動かしているもの・・・、その観念をもう、見えざる何者かの所作だなどと自身を戒めるのは止しにしたい。明らかにあの時、この僕には、彼が、奴が、邪魔で仕方なかったのだ。この視界から本気で消えてほしいとさえ、僕は念じ通した。愛するものへの横道を脇目も振らず、ただ歩んでいく。そんな悠長な心持ちであった、ろうなどととても思えやしない。だから、「邪魔者を、...
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- 2006-07-01
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ふたりの中に詩は落ちた。玲子は、その呟きが漏れ終わるまで、じっと目を瞑(つむ)って聞き入っていた。そこには邪な観念や醜悪な感情などきっと入り込める余地など無かっただろう。 玲子は、終わる間に復誦(ふくしょう)し始めた。「ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けましょう。波はヒタヒタ打つでしょう、風も少しはあるでしょう。・・・月が出ていないといけないわね。」そう、まるでその情景を準(なぞ)るかのよ...
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- 2006-05-29
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沖に出ていた。いや、そこは湖。静謐に月夜。まして十六夜(いざよい)。雨なら、小雨でも御免。少し肌、寒い?いや、暖かげ、翳ってはいまい、よそとふたりっきりの時間。煌く波間。そこには彼と彼女の影しか落ちぬ。なのに、だからこそ、詩人の心は激しく揺れていたことだろう。 詩人は、高坂と共に劇団員達の、いっときの小旅行に誘われた。五月晴れの突き抜けるかのような空、藍、群青。皆で、湖畔にて「手作りのご飯でも...
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- 2006-05-29
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(いまどき、あんな唄を・・・) たとえ街行く若者に、そんな呟きが洩れたとしても、詩人は遂に動かずじまいで居た。感に撃たれたといった装いも無く。あわや泣いてしまうほどの煽動もその心根には届かなかったかもしれず、だが、陽が必ず翳るように、彼の胸中には、この時、なにがしかの感光が射した。詩人はただ立ち止まって「我、そのものを知らず」といわぬばかりに先を急ごうとした高坂の足を留めさせた。「聞いてみようよ...
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- 2006-05-29
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詩人は再び、何物かを求めて流離(さすら)い行く。高坂から連絡が入った。彼は、世田谷は北沢に暮らしている。彼らは二十三の夏を迎えようとしていた。詩人は、寄宿舎をその八月(やつき)ほど前に辞していた、新聞奨学生としては折れた、寒村で焦れていた頃、高坂の「たまには、こっちに来いよ。」という電話越しの懐かしい声に反応、した。電車に揺られた先で、高坂は変わらぬ微笑を湛えた。高坂は、大学卒業後、正規の職に就...
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- 2006-05-19
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詩人は、古里へと還った。成人を向かえ、胃の腑に穴を開け、こじれて生まれ故郷で静養の日々。休学の身であったが、いよいよ体調がおもわしくなく、退学の憂き目に陥った。からん、としている旅立った時とおんなじ寒村の風景。そのさらさらと流れる風の間に間で、詩人は一人、ぽつんと(僕には東京の水は合わなかったのかもしれない。)などと、感傷ぶった想いに耽(ふけ)っていた。 既に、母はこの世に居ない。二人の姉はこの...
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- 2006-05-16
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