魔を射る・・・僕は口惜しさでいっぺんにこの血が滾(たぎ)るような想いがした。知人の小説家から告げられて、在る文芸雑誌の批評家同士の対談録を読んだところ、僕の詩文に対する言及がなされており、「此の頃の彼は、なんだか身辺穏やか、じゃあないというか、澱(よど)みがフラフラしていて良いものを編んでないね」というくだりに及んで、のこと。僕は歯がゆさと怒りで、僕の中の「悪魔という名の魔を射抜かれた」想いがし...
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- 2006-02-23
- 『爛熟』不定期連載
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姉や叔父達は、今後の「推移を見守ろう」ということで、後事を僕に託して想い想いの場所へと帰っていった。皆、よるべあろうか、けれど確約たる生活が存し、明日、生きる為の手立ての為に帰っていかなければならない。姉は、その最後まで残っていたが、繰言のように「あなたが心配だわ。」などと僕にしきりに言うものだから、「大丈夫だよ。」と僕も散々繰り返して、その矛先をなんとか逃れようとした。先年、あの父が建ててくれ...
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- 2006-02-23
- 『爛熟』不定期連載
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現世と夢の狭間。隔絶している感はあった。あったが、愕然とその残像をしばし病室の、ベッドの上で弄(まさぐ)るように追いながら、僕はまたあの情景を夢に見たのだなと腑に落ちた。びっしょりと汗で背中が濡れており、五体がこうも重いのは何故だろう。魘(うな)されたのか。父の病院では無い、ようだ。僕はどこに居るのか。眼前にかけられたカーテン越しに、どんよりと翳った雲が行きつ戻りつ、している。雲が割れている?、...
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- 2006-02-23
- 『爛熟』不定期連載
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妖しく光る切先。鋭利な刃物がそう、と感じられたのは頭上から照射するランプの灯りが消えかかっていたせい、だけではないのだろう。その刃物を手にしていた者が、動揺を抑えきれずに微かに震えていたから。「さあ、どうした?、怖気づいたか?」下卑(げび)た哂(わら)いにその声はよく、映える。続けて女の金切り声。「止めて!!。ここは舞台じゃないのよ!!。」舞台じゃない?舞台じゃない?・・・・・。そのふたりの科白が覆...
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- 2006-02-20
- 『爛熟』不定期連載
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物書きと睡眠薬の関係は、阿片に群がる売人のそれに似てけっして隔絶されない関係に在る。詩人は、一命こそ取り留めたが、自室でひとり、父のその瞬間(とき)に怯え、考えるまいと想っても、なかば心は落ち着けず、また常用の睡眠薬を飲んだ。姉は努めて明るい声で、「優ちゃん、ご飯、食べないと身体に毒よ 。」と慰みの言葉を被せた。「死ぬものか」あの父が。ただ根拠の無い、自答(じとう)。さめざめしき問いかけ。いまこ...
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- 2006-02-12
- 『爛熟』不定期連載
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父は、看護師の急を受け、その病室へと駆けつけた時、明らかな死人の相を呈していた。仰向け、であった。看護師が主治医の傍らで、その胸に懸命、両の手を押し当て、自然呼吸を促している。 看護師はあらぬ叫び声を、あげる。「ほら、ほら、息子さんが来やはったよぉ」だが、父は蘇らない。固く、瞼は閉じられたままだ。僕は思わず、額に固く結んだ手を当てて祈らざるをえなかった。ああ、主よ。嗚呼嗚呼、神よ。 主治医は、...
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- 2006-02-12
- 『爛熟』不定期連載
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「砂糖はいくつ入れる?」 「えっ?・・・あっ・・・ふたつ入れてください」 目の前に運ばれたカップに漂う湯気を見つめながら、少女はさもこの世でいまだ見せたことのないかのような満面の微笑(えみ)を湛えつつ、一口、飲み干す。 「あの・・・これ」 少女が傍らに置いて居た鞄の中から取り出したものは、大判の詩篇が綴られている商用の雑誌であった。この辺りは少女も皆がそう、であるように作者の前でそのような所作を...
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- 2006-02-06
- 『爛熟』不定期連載
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「詩を編む、という行為・・・?」 少女は反復、した。 「うん。何がしか生み出そうとする、行為。ほら、詩という空間はよく宇宙に喩えられる、だろ?精神世界の宇宙。この心の中の精神という宇宙をこれでもか、これでもか、これでもかって掘り下げてみていくと、自分なりに見つかる言葉がある。そういった言葉を、ひとつずつひとつずつあやすように書き込んでゆく。そういう行為が、僕は好きではあるのだけれど・・・」 「そ...
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- 2006-02-06
- 『爛熟』不定期連載
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霙(みぞれ)が雹(ひょう)になり牡丹雪に変化(へんげ)するかのような神の悪戯が余りに過ぎた、冬の夜、詩人は懐手にした猫背のままでずっとうずくまっていたいほどの寒さの折り、ひとりの少女の 訪問を受けた。 「いや、何、いま帰って来たばっかりなものだから・・・」 父の病室から帰宅して間もなかった為、まだ室内には暖色の気配が漂ってはいなかった。詩人は急いで石油ファンヒ-ターのスイッチを押した。こういう...
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- 2006-02-03
- 『爛熟』不定期連載
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