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連載小説『爛熟』13

  霙(みぞれ)が雹(ひょう)になり牡丹雪に変化(へんげ)するかのような神の悪戯が余りに過ぎた、冬の夜、詩人は懐手にした猫背のままでずっとうずくまっていたいほどの寒さの折り、ひとりの少女の 訪問を受けた。
  「いや、何、いま帰って来たばっかりなものだから・・・」
 父の病室から帰宅して間もなかった為、まだ室内には暖色の気配が漂ってはいなかった。詩人は急いで石油ファンヒ-ターのスイッチを押した。こういう訪問を詩人は、まま受けた。滅多にあることではないが、詩人の愛好者だと称する老若男女がこの土地に降りて来る。「私の詩を読んでほしい」という投稿者まがいの封書を送りつけてくる人間もいるが、実際に彼と会話を交わしてみたいと思考して尋ねて来る愛好者は、何がしかの憂いを秘めており、詩人も気持ちを無造作には投げ出せない。
 以前、「あなたの詩を読んで、死にたくなりました。」と真顔で余程の真摯な想いを、ひとりの同性から突きつけられて、どぎまぎしたことがあり、心持ち、恐さを感じるのが愛好者の類い、だ。
 この少女は長い髪を有していたが、薄手の淡い眼鏡をかけており、可憐な陰影を携えてはいなかった。
 電車でやって来た、と告げ、冬休みを利用して「生まれてから一番、膨(ふく)らんだ、夢にまで見た」詩人の彼に「一度でいいから逢いたかった」などと殊勝なことを、「漸く両親の許しをもらえたものですから」と、育ちの良い、けれどどこか含みの有る言葉を繋ぎ、それゆえにそのどこか伏目がちで暗い印象とはよほどかけ離れたかのような澄んだ声音が詩人の琴線を殊更に刺激、した。
 普段の、自身の声音よりも一オクタ-ブ、総じて高そうな喋り方、そうして言葉を発する時には必ずと言ってよいほど視線を上げ、じっとこちらを見据えてくる、そのときの眼差し。悪い感じでは無い。(けれど意思は強そうな娘、だな)と詩人は執着、した。
 「もう少しで暖かく、なる。何か、コーヒーでも飲むかい?」
 詩人は、寒そうに身体を小刻みに震わせながらも、幾分、かしこまった風の少女にそう言うと、つと立ち上がってキッチンへと歩んで行った。その後ろ背に、「大きなうちなんですねえ」という少女の感嘆まじりの呟きが。「いや、古いだけの家だがね」と苦笑を返してあげようか。薬缶に水を入れ、コンロに火を点けると、詩人は元居たソファーに腰掛けて、改めて少女と向き合ってみた。
 眼鏡越しだが、綺麗な目をしている。くっきりと縁取られたその二重瞼に若さが感じられて、彼は多少、向かい合うことに気押されを抱いた。
 「あの・・・先生は詩が好きですか?」
 唐突に、少女がそんな質問をきりだすものだから、詩人は更に気押され、た。
 「うん?・・・そうだね?・・・」
 どう、言うべきだろう。どうして、この少女はそんな問いをこの僕に投げかけてきたのだろう。彼は少しばかり思案して、少女の方を向き、どちらかと言えば自身に言い聞かせるかのようなゆっくりとした口調で、こう語り始めた。
 「詩は、勿論、好きさ。特に、詩を織る、という行為が好きでね。たとえば、日常、やっぱり人間をこう、長いことやってるとね、厭なことや、うん、まぁ、屈託の無い人生なんてないからね、そういう気持ちをあからさまに詩に書く、というか詩に託すということは無いのだけれど、そんな気持ちを自分なりの言葉と照らしながらって言うのかな、言葉を創造しながら、交じらわせながら、詩を織る、詩を編む、という行為は好き、だね。」
 
 
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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