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連載小説『爛熟』15

 「砂糖はいくつ入れる?」
 「えっ?・・・あっ・・・ふたつ入れてください」
 目の前に運ばれたカップに漂う湯気を見つめながら、少女はさもこの世でいまだ見せたことのないかのような満面の微笑(えみ)を湛えつつ、一口、飲み干す。
 「あの・・・これ」
 少女が傍らに置いて居た鞄の中から取り出したものは、大判の詩篇が綴られている商用の雑誌であった。この辺りは少女も皆がそう、であるように作者の前でそのような所作を起こしたかったとでも言えようか。
 「先生は、この雑誌に毎回・・・詩を一篇、載せられてますよね。私、この雑誌も毎月、買って読んでるんです。」
 有難う、と詩人は目線に気持ちを湛えると、少女から受け取って、中をぱらぱらと繰った。
 「・・・最近は暗いものばかりだね。ちょっと厭になる。」
 自身の作に溜息を吹きかけてみたくなる、これは性!?
 「もっと若い時分の頃のようなものが、本当は書きたいんだけれどね。鬱、というか自分のものはやっぱり読みたいとは想わないな。」
 それは、余りにも正直過ぎる、或いは物書きの言い訳に過ぎぬ、ものなのだろうか。
 どさっと遠くの方から、積もった白雪だろうか、何かが落ちる音がした。見合わせるふたり。時間が刻々とふたりを置き去りにする。
 柱時計が鳴った。音色は最早、その時計の音、だけである。
 「帰りは何時の電車、だったのかな?」
 「・・・・・・」
 少女は、答えない。初めて詩人の前で言葉を噤(つぐ)んでしまった。「寒いし・・・僕が駅まで送って行こう。」
 何がしかの想いを飲み込むように頷く、少女。
 「・・・お願いします。」
 かけたオーバーに身を包み込むように自家用車へと乗り込む、ふたり。白雪はさらさらと舞い落ちるのでは無く、深閑とその肌を射るのだ。車中、「今日は本当に、私なんかに・・・いろいろとほんとに有難うございました。」しおらしげに下を向いたままで。
 「いやいや、こちらこそ、何もお構いも出来なくて」
 「あの・・・先生。」
 「ん?・・・」少女を見返す詩人。
 「あの・・・今度は春休みにお邪魔してもいいですか?」
 「うん、いいよ。またご両親の了解をもらって来なさい。」
 「判りました」と小さく。「春休みに、だから、きっときっとまた来ますから、それまで先生、・・・・・・元気でいてください。」
 その少女の言葉の真意を少し計りかねながらも、彼は「・・・うん、元気でいるよ」
 駅舎は夕闇の只中にあった。寒村の町の駅舎だけに、ひとっこひとり居やしない。ホームへと続く路だけがぼんやりと灯篭まがいの電燈で浮かび上がっている。影と影が折り重なる。詩人は掲げた傘をもう半歩分、少女の方に近づけた。少女はそう、と知らずか、ただゆっくりとできるだけゆっくりと歩んでみたかった。構内に面した切符売り場に誰も居ないものだから詩人は声を、覗き込みながらかけた。駅員は来た。詩人を見咎めてああ、という顔をして丁寧にお辞儀をした。「東京まで。・・・あっ、いえ、東京の新宿まで」駅員は「ちょっと待ってておくれな・・・」と呟きながらガイドを繰った。体裁を整えると、駅員は少女にキップを渡しながら「ああ、ちょうど良かったわあ。その一番ホームにもうじき来るさかい。あっ、キップは切っといた」と仔細に指し示した。そうして乗り換えの駅を口頭で告げると、また詩人を一瞥して、頭を下げた。
 電車は程なくして駅舎へと滑り込んだ。少女もまた深くお辞儀をしたが、駅員のそれとは違い、やさしみの込められているかのような悲しみに耐えているかのような、綯交ぜ(ないまぜ)の色に染められた、それではあった。少女は振り返った。
 「あの・・・先生、また本当に春休みに来ますから・・・そのときまできっとお元気で。」
 あまりの笑顔、であった。
 詩人は、再び同じ言葉を発せられて苦笑したが、その言葉に込められた少女の想いの底に漸く気づいて、ひとりごちた。
 「・・・ああ、有難う。元気でいるよ。」
 少女の陰影を残したまま、駅舎のホームでしばしひとり佇みながら電車の去った方角を見つめていた詩人は、もう一度、その言葉を口の裡(うち)で反芻、した。
  ・・・・・・そのときまできっとお元気で。
 少し暖かいものが体内に蘇ってくるようで、あった。
 詩人は、震えていた。
 
 
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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