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連載小説『爛熟』16

  父は、看護師の急を受け、その病室へと駆けつけた時、明らかな死人の相を呈していた。仰向け、であった。看護師が主治医の傍らで、その胸に懸命、両の手を押し当て、自然呼吸を促している。
 看護師はあらぬ叫び声を、あげる。「ほら、ほら、息子さんが来やはったよぉ」だが、父は蘇らない。固く、瞼は閉じられたままだ。僕は思わず、額に固く結んだ手を当てて祈らざるをえなかった。ああ、主よ。嗚呼嗚呼、神よ。
 主治医は、こう言った。
 「・・・はっきりと申し上げます。もう、蘇生は無理かもしれません。ご親族の方にご連絡を。」「・・・判りました。」
 僕は、そうとしか言えなかった。また別の看護師が現れた。その看護師は僕の古くからの知り合いで、その場に佇んできっと息を飲んで父の容態を見守っていたであろう、この僕を頷きながら促した。僕はお願いしますと呟くと、下の階へ階段を駆けた。公衆用の受話器を掲げ、内ポケットからアドレス帳を取り出すと、まず姉のダイヤル番号を回した。いいや、もうそのときのことなんて覚えちゃいないさ。姉は出ない。十八で東京へ行き、一度は一緒に異郷の街で暮らしていたこともある、姉。だが、姉は一度目は出なかったと想う。その旦那さんにダイヤルしようか。再び姉にかけた。留守電を入れ忘れた筈だ。今度は、姉の声を聞いた。「何、あんただったの。洗濯物を干していたものだから」姉は安穏と、まるでさも当たり前の日常風景のひとコマをきり返してきた。僕は、速やかに用件を述べた、無論、そんな筈も無く、幾度も姉に問い返されるかのようなうわすべりの言葉を発していた筈だ。姉は「判った。一番早い飛行機で来るわ」と僕を勇気づけると、受話器を置いた。
 母の危篤の際も、そう、だった。まるで現実のことでないかのような、感覚がこの時も己の心根に覆い被さってきた。普段から、詩の世界で物語を編んでばかりいるものだから、実際にこの自身に起こる出来事が、まるで現実感を伴わないのだ。怖ろしかった。そういう自身の感情の気配が、そういう想いに囚われた自身の起伏の間隙が、その隙をついて忍び込んでくる悪魔の囁きが、この身を挫きどん底に堕(お)としいれようとするかのようで全く怖ろしかった。僕は真摯にほんに想いを込めて、主に祈らねば、父がこの世のひとで無くなる。そんな逼迫感に襲われて仕方なかった。無垢に神仏に縋るより、ほかに何があろう、ことか。何物も恨むまい。何物も呪うまい。何物も辱(さげづ)むまい。何も考えない。何も語るまい。ただ願うは父の延命、のみ。何ごとも綴るまい。僕は欲しいものを得られずに、「ママ、ママ、わーん、あれ、買ってよお」とまごつく、ダダを捏(こ)ねる乳飲み子を優しくあやそうと図る、女性のようなたおやかさを用いて、僕を、そう、あやそうと努めたのだ。哀れ?、躍起になった。穢れてしまったこの僕を、あの時、大迎、いや本気で僕は、引きずり起そうと躍起になった筈さ。「さあ、哂うがいいよ、それが僕というものの本性、だ。」・・・そう、なら、どんなにか良いのだけれど。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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