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連載小説『爛熟』17

  物書きと睡眠薬の関係は、阿片に群がる売人のそれに似てけっして隔絶されない関係に在る。詩人は、一命こそ取り留めたが、自室でひとり、父のその瞬間(とき)に怯え、考えるまいと想っても、なかば心は落ち着けず、また常用の睡眠薬を飲んだ。姉は努めて明るい声で、「優ちゃん、ご飯、食べないと身体に毒よ 。」と慰みの言葉を被せた。「死ぬものか」あの父が。ただ根拠の無い、自答(じとう)。さめざめしき問いかけ。いまここにこうしていてもいつ病院からの看護師の連絡が入る、ことか。人口呼吸器の規則的な韻律音。それに反応せぬ父の息使い。血圧計に付された脈拍線。ピピッ、ピピッ。一定の電子音が、詩人の眠りを妨げる。ふたりの子持ちである姉は、まるでその子を見つめているかのように目を細めて、到底、横たえていても寝てはいないであろう、暗い弟の自室のドアを、そっと閉めた。
  このような時、彼の詩文、その空間は粉々になった。自身を追い込み詩を編む行為と現実に振り回されほっと溜息をつく瞬間(とき)に発露した言葉は、また違うものだったから。少なくとも、彼は現実にしっかと屹立していられるほどの強靭な精神は持ち合わせていなかった。つまり、今だこの詩人は餓鬼、だということか?、
 寒空を見上げ、かけたマフラーに首を埋めてブルブルと震えながらも星降る空の、その名をひとつづつ確かめていく、暗唱するかのような少年の幼い感情のように、彼の精神もまたいまだに、何物かに支配されていた。
 詩人はやつれ、倒れてしまった。姉が帰郷していた為にすぐさま、救急車で病院へと運ばれた。それがなんの救い?、彼が祈りを捧げ、もし、もしも父が持ちこたえるならば、この身を我が身をその御霊に預けても良い、などとあらぬ殊勝な心持ちを詩人が抱いた、それはその夜の出来事であった。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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