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連載小説『爛熟』19

 現世と夢の狭間。隔絶している感はあった。あったが、愕然とその残像をしばし病室の、ベッドの上で弄(まさぐ)るように追いながら、僕はまたあの情景を夢に見たのだなと腑に落ちた。びっしょりと汗で背中が濡れており、五体がこうも重いのは何故だろう。魘(うな)されたのか。父の病院では無い、ようだ。僕はどこに居るのか。眼前にかけられたカーテン越しに、どんよりと翳った雲が行きつ戻りつ、している。雲が割れている?、まだ、眩暈があった。顔を動かす度に、ぐらぐらと視界が揺れた。・・・・父さん。そうだ、と僕がいま、父の置かれている事態に想いが至ったとき、見知らぬ看護師が、その部屋に入ってきた。「意識が戻られはったみたいね」覗き込んで、その看護師はにやっと笑った。「いましがた、お姉さんから電話もらったんやけど、お父さんの方は一命を取り留めはったみたいで、心配はいらんさかいって」弟が、意識が戻ったら伝えておいてほしいとの遣り取りを、その看護師は手早く告げた。僕はまだ軽い眩暈の最中にあって、事情をよく飲み込んではいないと感じてか、看護師は再び、同じ意味の言葉を今度はあやすように繰り返してきた。「・・・判りました。すみません。」
 とは、いってもやはり気にかかる。姉に連絡を取りたい。だが、動こうとして五指に力を預けた時、長い点滴の管の先がその左腕に差し込まれていることに、その時漸く気づいて一瞬、僕は飛び上がった。・・・・・・なんてざまだ、僕は倒れたのか。ふらふらと意識が定まらぬから、僕は僕が僕で無い気がした。点滴台に掲げられた容器の減り具合からもう暫くは動けまい、ということか。僕はそんなことを算段、して自分をしっかと落ち着かせようとした。
 いまこそ、傍(かたわら)に居てやらねばならない僕が、ここに居る。姉は、そこに居る。だがいまの父には僕も必要なのだと感じた。深呼吸してみた(筈だ)。点滴が終わると、僕は看護師を呼んで、「ひとりで歩けるから」とせがみ、看護師詰所の脇の、据付の電話機から、父の病院へとダイヤルを回した。姉は果たして、そこに居た。「もう、親子して私に面倒かけるんだから」と姉は受話器の向こうで笑わせた。その喋り方からもいまだ父が安泰、なのだということが伝わってきて、ほっと息を飲んだ。だが悲しいかな、自身の病室に戻ろうとする最中でも、まだ軽い眩暈が続いており、それが僕に僕の脆弱(ぜいじゃく)さを想わせて一際、あらぬことを畏怖させてしまうのだった。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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