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連載小説『爛熟』20

 姉や叔父達は、今後の「推移を見守ろう」ということで、後事を僕に託して想い想いの場所へと帰っていった。皆、よるべあろうか、けれど確約たる生活が存し、明日、生きる為の手立ての為に帰っていかなければならない。姉は、その最後まで残っていたが、繰言のように「あなたが心配だわ。」などと僕にしきりに言うものだから、「大丈夫だよ。」と僕も散々繰り返して、その矛先をなんとか逃れようとした。先年、あの父が建ててくれた家にまたひとりっきりになった。
 僕も喰う為に書かねばならぬ。『文聖時評』の次々号執筆依頼が、メールで届いていた。僕はワ-ドを開け、此の頃の心境を僕なりの思惟的な感覚で包み詩文を添え、書き込んだ。訂正し、メールにそのファイルを添付して送った。十代の時分、一枚一枚を清書してひどく時間を削がれていた頃を想い起こせば、いまや隔世の感はある。大抵の遣り取りはもはやメールで済ませるし、重要な案件を時に電話で遣り取りするぐらいで、あとは細々、この日常の煩瑣な出来事もメールで終わらせる。文章を普段、編み、そのことを生り合い(なりあい)としている者が、もうほとんど手紙なるものを書かないのだ。人生の哀感を詩文として切りうる者自身が、もはや自身の筆跡を忘れようとしている。
 父は、僕がその手を握り、祈る度ごとでもこの手を握り返してはこなかった。「父さん」「父さん」「父さん」声をかける。時にその目をぎょろっと剥き、何かを言いたそうに身体を小刻みに震わせた。
 「父さん、頑張れ、なぁ、頑張れ、優治だぞ、優治だよ。ここに居るよ。」僕は人の子としてそんなことしか言えぬ。呟けぬ。座り込んでへたり込んで祈らずにはをれなかった。病室の窓辺から望む如月の空は、寒雪の昨夜を一変に払拭させたかのように、瑞々しくも晴れ、澄み渡っていた。僕は父のその手を握り、祈りを捧げたあとそれらを見いだしながら、「なんの事柄も関係して」いないかのような、「なんの拘りも備わって」いないかのような、「なんの望みも砕いてしまう」かのような、そんなただ在る青空が、この心から憎々しく想えた。ただそこには青空が在る、ばかりなのだ。僕の、そうして父の執念の外(ほか)にそれは、在る。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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