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連載小説『爛熟』22

 己は業が深い。詩人は瞬(まばた)きもせず自身に、そう浴びせかけていた。かつて自らの意思で二度ほど死を選んだ。
 詩人の姉は、世に詩人として知られた、その弟への風聞を畏(おそ)れてか、いまだ開封されずじまいではあるが、ある手記を綴っていた。弟が二度目の自死を選んだ直後の出来事で、その手記の存在を弟である詩人は、よもや知るよしもないであろうけれど、これらひとつの事象においても、いかに彼が幼い時分から、その一家に愛されて、いとおしまれて育ってきたことか、
 例証ごとではあるが、あの父もまる五年余り以前のその日、脳内出血で倒れ、のち、初めてその眼前に我が息子の姿を認めた明くる日のこと、再び東京へと一旦帰って行こうとする息子の見送りの為に、「わざわざ、窓辺に立ち寄って片手まで上げ」その労に報いろうとした。
 父は、父はこの僕に強く生きよと、まだ発病して間もない身体を懸命に起してまでも、その意思を示したに相違、無かった。
 灯はこうこうと照っていた。春は遠い。とつとつと前後に揺れながら落ちる細(ほそ)め雪は止んでいた。けれど芯から寒い。息吹を、詩人の眼前で躍らせる、野生の動物達の存在をそこかしこに知るには、まだ季節が織り重ならない。だがどこからか吼えてきたその声音に詩人は、何故か身震いした。ズドンと次に銃声?、そんな馬鹿な?、狩猟期にはまだほど遠いはずだ。幻聴か?。寒村のとある風景は、石油ファンヒーターの赤々と燃える炎によく映(は)えた。その炎の揺曳(ようえい)に意識は深閑とした雪の只中に堕ちゆく。寒い。寒すぎる。この年ほどの大雪(たいせつ)もとんと記憶には無い。
 己の業は深い。どこかで、この業の深さを断ち切らねばならぬ。己は罪が深い。どこかで、この罪の深さを断たねばならぬ。何ゆえに。この生の為に。生き継(つ)いだ生の為に。逃げてばっかりだった。どこか自死することで安堵の境地を弄(まさぐ)れるのだと、自身に甘言(かんげん)を吹き込んできた。きた?、いやいや、僕はつらいのさ、疲れるのさ、守る術なぞ要らぬのだから。そうさ、ここまで独りで生きてきたじゃあないか。(またまた振り出し?)。その答えとは一体、この先の答え、なんて一体、この己に何が見いだせようと言うのか。判らない。判らない。判らず、じまいか。
 詩人が、身じろぎもせず、居間で暖気を前にその記憶を手繰ろうとしていた矢先、けたたましく着信音は鳴り始めた。詩人は、ハッとした。そうしてすぐさま了解、した。その電話の内容が良からぬ父のことであろうと、詩人は慄然(りつぜん)と自身の予感を認めていた。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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