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連載小説『爛熟』24

 母の時も、そうであった。父の時も、そうであった。その男は、その最後の時を向かえ、号泣した。両膝ついて泪、した。そういう、弱い男であった。情けない、人間であった。普通ならば、ひとはそういう姿を他者に見咎められたくなく、それこそ人知れず泣く、ものだ。「構うものか」そう、男は想ったかどうか。男には、その時、他者など、存しえなかったとしか言いようが無い。誠、か弱き男であった。そんな男は、ひとに案外、冷たい?非情なところがある?口煩(うるさ)い?傲慢な、実は奴か? 、その泪は拭うには 合間が無い。乾かぬ内にまた、泪は溢れ出た。
 終わりを示唆、していた。何の終わりを。死者に手向けられるべき荘厳の花束群が、そういった意識を男に投げかけてきた。残された者はただひとり。この寒村に男は、ゆえ、ひとり取り残されたのである。
 父のこの世情からの絶句を受け、通夜には続々と慰問の客が訪れ始めていた。男の父は、地方の建立ながら大学の講師まで勤めた文人であり、その晩年は国文学者として中央にもよく知られたひとであったから、悲しみをその頬に湛えた人々の列は、ひっきりなしで男もその応対に追われて心休まる時が無かった。本来ならば、こういう時こそ、ひとりを噛みしめてもいたいものさ、それは偽らざる想いではあったが、父の生前の親交にはなんら非難は向けられない。男は勤めた。儀式は寒村の通例に委ねた。三大新聞にも片隅ながら、父の訃報が載せられていた。「詩人・美咲優治の父」という文面も踊る。在る著名なる文学者が、父への哀悼記事を寄せていた。それらをついぞ、その息子は読む暇(いとま)を無くしてしまうわけだが、ひっそり閑としていた古里がいまや、こうこうと吊り下げられ照らされたランプの灯明かりと、ほんのりと燈る灯篭に浮かびあがったかのようで泰然としてはいられない。市井の者達が父の為に奔走、している。暮れてもまだ庭を払う者。遺族らの為におにぎりをこさえる者。この一帯、部落挙げて死者を弔う。詩人から方々の書類を受け、やれ役場だのやれ火葬場だのやれ新聞社への取次ぎだのやれ葬式に向けての予定だの、人々は男の父の、生前の異業を称え、闊歩する。
 姉は、極めて他人を鼓舞するかのようなけらけらとした笑いと共に、慰問の客をもてなす。ぐったりとして男が奥に引き篭(こ)もると、その姉の快活な声がまたたく間に聞こえてくる。どこか幼き頃から、伏し目がちで想いつめるかのようなところのあった男とは明らかに違う、その姉の語り節。そんな姉の達者な笑いが聞こえてくれば、その弟も奥に引き篭もってばかりもいられない。また応対に姉弟並んで、その双頭を下げる、この繰り返し。奥の間は、父が頑強な頃、姿勢を糾し愛好していた書斎。そこにあらぬことか、その父の息子はソファーベッドを持ち込んでいつの頃からだろうか、眠る癖がついた。周り、四方八方は書物の山、山、山だ。書物特有の匂いと、どこかしか生前の父の匂いが被さる。心根が、しんみりとなる。濡れる。落ち着く。安穏になる。なにがしか愛(いと)おしき匂いだ。それらの醸し出す芳醇な空気が、彼のここちを摩(さす)る。幼い頃からの、男の、そこは言わば聖地、だった。つい惰眠が襲う。一瞬間も置かず、あの姉の、男から鑑みれば嬌態とも呪うべき笑い声が響き渡って来る。その度に男は腰を上げた。父への最後の奉仕、だ。男は物憂(ものう)げな感情をしっかと起して大広間にそそくさと歩んでいった。

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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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