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連載小説『爛熟』25

  少女は気が遠くなるかのような白雪に覆われた田園の彼方を見つめながら、ひとり佇み、詩人を想っていた。その顔半分はマフラーに埋(うず)まっており、手袋で覆っておかなければかじかむように手先が痛い。両の瞳がきらきらと夕闇の斜光を受け、煌いている。見紛(みまが)うばかりの陽の輝きに、桜桃色にまるで火照ったかのようなその浮雲のゆらとした流れに、一条の線を引いたかのような淡い空の残り辺に、立ち上(のぼ)る源泉の、その蒸気の消え入るさま、湧き立つさま、たゆたうさま、仄(ほの)かでは無いはっきりとそれと判る空気の宣揚(せんよう)、傍らには蝋梅(ろうばい)の葉。一陣の風が舞ってその葉が微かに音を成す。意識がさらと吸い取られてしまいそうな感覚が起こって、しばしそこを動けなかった。
 詩人は暫(しばら)く、この土地を離れると伝言してきた。実父の死を受け、自分なりに想うことがあるから、と。つまり、いま、ここには居ないのだ。なのに、少女は再び、この寒村にそのか細き足で訪れていた。その衝動を少女は少女なりに考察、した。逢いたい、逢いたい、逢えないならばせめてそのひとが幼い頃から慣れ親しんできた土地の情景に浸ってみたい、慰撫していただろうか、或いは意味も無く呪ったろうか、この大地でそのひととおんなじ外気をその肌で直に触れてみたい、この衝動は、有るひとつの隠しようの無い観念を忽ち連想させて、少女は戸惑い、懸念、した、叶うわけが無い、なんて邪(よこしま)なこと?「私って馬鹿ね・・・馬鹿、みたいよね、有り得ない。」、けれど偽らざる詩人への覚醒、だったろう・・・・・・。
 少女の父は、父で無かった。少女の母は、母で無かった。叔父夫婦に育てられた少女は本当の父や母を知らなかった。痩せぎすで、けれどどこか爛漫で、だのにそうそう手のかからない、「良い子」だったのよと、在る時母だとばかり想っていたひとから、いや普通にそんなことを意識などしないひとから、そのようないつぞやかあった過去を告白、された。始めは冗談とばかり想っていた、天真な性格が、そう想わせた、のだ。だが本当らしいと悟った時の驚愕(きょうがく)。明日は明日の風が吹く、有名な言葉の旋律が一瞬間、何故だかその心根にさらさらと浮かんだが身体は正直でその後一定の間、塞(ふさ)ぎこんでしまった。五肢(し)がけだるかった。それが少女の偽らざる胸中。
 
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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