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連載小説『爛熟』35

 男が、詩人に酒を教えた。まれに所長の目を盗んでは自室でひとり、買い込んだウイスキーの小瓶を開けてちびりちびりと、喉に流し込んでゆく。「呑んでなきぁ、気持ちが萎えてしまうんだ。」暗闇の最中、まるで男だけが浮き彫りになっているかのようなスタンドライトひとつっきりの自室で、彼は創作ノートに沸々と胸中極まる何事かを書き込んでいく。・・・極まる?。その両の目は落ち窪み、まだ十代という若さで有り得ざる風体、髪はぼさぼさ、何故にそうまでして男は、書かずにをれないのか。だらんと下を向き、想い出したかのようにすっくとその顔面を持ち上げれば、また筆を走らす。傍線を無造作に引いて、いま生まれたばかりの文章を葬り去る。呻(うめ)きの呟きはまた呟きにならず、だが彼の、その時のその心の空間をその内面をその襞(ひだ)を執着を執念を一面だけでも察することが出来よう者であるならば、男のその呻きこそ、生、そこに必死になって噛り付く者の、「魂の咆哮とでも呼べる代物」であったろうか。「そう、であったと想いたい。」
 男は、ゆらりと立った。ドアを開け、詩人の、自室のノブを廻す。そこでは夜半、疑うべきも無き、真っ暗闇。「なぁ、渋谷。おまえ、もう寝たのか。良かったら俺に付き合え。呑みに行こう。」仕様が無い、と想いながらも詩人は大抵、その要求に答え、横たえていた身体を屹立させる。この男にはお世話になっている、という負い目がある?、いやそれよりも男の嘆きを真っ正面、向かい合って真摯に受け止められる男は、この僕よりもいまい、という気の衒(てら)いもある?、いやいや男と文学について唯、純粋に語り合っていたいだけだ、けっして親しい友が多くはない詩人にとって彼は詩人のひとつの拠り所、だったのではなかろうか。愚痴を息巻いた。お互いにヘドを吐いた。泣いている。ワアワア、わめき散らす。この頃はこのふたりに快活な宴(うたげ)は存しない。だがお互いがお互いを認め合い、相手の弱みを照射しようとする、そんなまっさらな語らいのときを持てたことこそ、詩人は清い、と感じた、はずだ。男にとっても詩人にとっても尊いひとときという名の譜、その時代であったとも言えるだろう。
 男は、語った。「俺達は脅かされているんだよ。この世の中の何者かに、何か得体の知れない何者かに。俺達は俺達なりに思考する、或いは目指すべき方向性というものが在る、だろう?、だがその先には大口を開けてある何者かがいまかいまか、もう来るかと大口を開けて待っているんだよ。けれど、俺達はそこへきっと向かわねばならないんだ。判るよな?お前なら。判るだろう?、そうするしか救われる道は無いんだよ。」
 そんな男の大層な言いっぷりに詩人は、眠っていた醜癖さえ晒(さら)された。酒が廻れば酔いに委(まか)せて辺り構わず管を巻く。その面立ちとはあまりにも違和する、形相となって詩人はこの世情のこの人間の淫らさを詩人なりに衝(つ)いた、激した、口惜しんだ。
 飽くなき妄執、どこまでも拘る、若さゆえの抗弁。詩人も断罪、する。我(われ)を。
 馬鹿らしい、ふざけている、と誰しもが想う。そうではない、ときをふたりはあの頃、確かに共有していたのであった。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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