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連載小説『爛熟』39

  沖に出ていた。いや、そこは湖。静謐に月夜。まして十六夜(いざよい)。雨なら、小雨でも御免。少し肌、寒い?いや、暖かげ、翳ってはいまい、よそとふたりっきりの時間。煌く波間。そこには彼と彼女の影しか落ちぬ。なのに、だからこそ、詩人の心は激しく揺れていたことだろう。
 詩人は、高坂と共に劇団員達の、いっときの小旅行に誘われた。五月晴れの突き抜けるかのような空、藍、群青。皆で、湖畔にて「手作りのご飯でもたべようよ。」と誰かがはやし立てて実現した、まさにいっときの休息。劇団員、皆、何がしか生活を興す為に多忙な日々を過しており、その合間の骨休め、でもあったことだろう。太陽は、どこからか借りてきたオープンカーの車上、騒ぐ彼らの、その目的地へと向かう出発の矢先から天空を照らしていた。緑が映えている。触れてみて、ざらつく葉先の感覚は、幼い頃に想わずピンで刺してみたくなった、あの造形美の見事さを想起させる。季節の移ろいが、その移ろいを感じさせぬほどそこかしこにただ、整然と留まっている。うららかな自然の陽光にいざなわれて初夏は、また彼らの眼前にいとおしむほどに、たおやかに優美に横たわっていた、とでも表記してみようか。

 いつのまにか、はぐれてしまった。
 玲子は、その長い髪を束ねていたが、何を想ってかほどいてみせた。
 「きっとね・・・きっとみんな、気を遣ったのよ。」舌をいまにも出しそうにいたずらっぽい目で彼女は笑った。
 優治も、乞われて乗ったボートでのふたりっきりの語らいにどうも居ずまいを起こしていたのだが、そんな玲子の笑顔を見せられると、仄かな安らぎを覚えてけっしてこのふたりだけの空間に悪い気はしなかった。「ねえ?、詩人さんてどういうときに詩を編むの?、連想するんでしょ?、いつ、どこでも、なんどきでも?」苦笑まじりに、優治は「いやあ、僕はいつなんどきというわけにはいかないなあ。やっぱり自分をそれなりに追いつめないと書けないなあ」と返答する。「そういうのって、情景みたいなものを想い起こすってことなのかしら?」
 「そうだな。そういう情景みたいなものに、自分が入り込めないと書けないな」「・・・ほら、あなたが好きだと教えてくれた詩人?」「中原中也、だね?」「そう。中也の詩で?」「『湖上』?」「そうそう、その『湖上』の詩って、どんな感じだったかしら」「うん。『湖上』なら、諳(そら)んじることが出来る。」
 優治は、詠った。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう。
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

  沖に出たらば暗いでせう、
  櫂から滴垂る水の音は
  昵懇しいものに聞こえませう、
  ――あなたの言葉の杜切れ間を。

  月は聴き耳立てるでせう、
  すこしは降りても来るでせう、
  われら接唇する時に
  月は頭上にあるでせう。

  あなたはなほも、語るでせう、
  よしないことや拗言や、
  洩らさず私は聴くでせう、
  ――けれど漕ぐ手はやめないで。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう、
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

    中原中也『在りし日の歌』拠り。出典「青空文庫」
  

  
   
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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