Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載小説『一人静』7

 僕は一時、酒に溺れた。在る先生から「酒はいけません。思考能力を減退させます。」と言われ「判ってますよ。」と管を巻き、それが元で疎遠にまでなったことも有り、「ああ、もういけない」としばし想うのだけれど、またつい喉が酒を欲、する。頑是無いことの繰り返し。内臓は手ひどくただれて生涯何度目かの長期入院生活を余儀なくされる羽目となってしまった、のでした。
 病院のベッドにひがな一日横たえていると、空虚な気配が漂ってきて、僕自身を苛立たせる。薄紅色のカーテンがさらさらと音も無く揺らいでも、それを見やる弱者が邪念に覆い尽くされていては、美しき創造物は訪れない、だろう。「・・・・・・このままもう俺も終い、かな?」ふと、起こる想念。まだまだ世情に興しておきたい文章は五万とあった。あったが、それもこのまま終いなら、「己もこれ」までさ、と諦めるしかあるまい。ほんにそれでは我が生涯は頑是無いままで終わることになるだろうけれど。
 看護師に、睡眠剤を嗜好する。強請る。無碍に断られる。「駄目ですよ。癖になります。いえ、先生は既に慢性的な常習者じゃないですか?」と嗤われる。「そこを曲げて」とおねだりすると看護師は、「もう、本当に困ったかたです」ねえ、などと想われるかのような顔を繕いながらも、「それでは半分、にして」さしあげますから、とふたつに折れたもう一方の塊をオブラートに包んで持って来てくれた。
 じいっと、この一塊のパピナールであろうか、錠剤を手の平に乗せて見やる。立派に深い常習者ではあろう。長い付き合いで十代の頃から口に含んではいる。或る時、辺りが暗く、漆黒の最中に至った時刻、傍らの睡眠剤の入った小瓶を眺め、ひとり思案に暮れたことが在る。この錠剤をそれこそ一息に小瓶丸ごと飲み干せばなるほど安楽ではあろうなと想う、こと自体が畏怖。凄まじき葛藤。かの文学者は、この場面からその想いを実践してのち、息絶えた。こういったものが市井の者にさえさも簡単に手に入るこの国こそが異常かもしれん、などと下らぬ感覚が忍び寄ってきたせいで事なきを得たが、それにしても物書きなんぞ、なんと、か弱き小動物であろう、ことか。
 余りにも同室の病人が口煩いので、部屋を個室に変えてもらった。ところが、どうだろう?、個室に移行してのち、看護師や担当の医師らが、僕を見舞ったのち、いやにひそひそ話しが増えたように感じられてひとりごち、した。そのうち、僕が尿意を催しトイレに立ったり、屋上へと階段の手摺に手をかけたりする度に「どこへ行かれます?」などと聞かれ始める。どうやら看護師らはどこぞの訳知り顔の誰かさんに言い含められて、僕の挙動を監視している、らしい。物書きが皆、そうとは限るまい。だが世間の人々はそうは想わない、らしのです。「ああ、ここでも」と僕は想いたって、その看護師らの目を抜ってひとり、街へ出た。向かったのは古書店。ガタガタと立て付けの悪い門扉を潜って訪れた古書店に入るなり、僕は漸く喉につかえた小骨の先を掴みかけた子供のような、安堵した気分に支配されたのでした。
 本の匂いは良いもの、です。恋愛ごとの蜜事よりも古書の只中にある方が、僕にはやはり安穏と心安い気分に浸れます。僕を幼い頃から、幾度と無く黄泉の国にいざなおうとする文学世界、なのですが、その綾織る世界の只中にこの身を留まらせていると不思議に落ち着いた心持になる、ことも事実なのです。
 僕は、生涯何度目かの長期入院生活を余儀なくされる羽目となってしまった。だがやはり、かれら多くの書物達は自身をきっと鼓舞してくれたのでした。彼らに「わたしはきっとご恩返しせねばならない。」病院に帰室後、看護師にこっぴどく怒られながらも、僕の心はしばし安穏の時を慰撫するかのように、晴れておりました。
スポンサーサイト

Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

全タイトルを表示

introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


*1・29 site renewal

translate this blog into

Communication in this place

名前:
メール:
件名:
本文:

A collection of wise remarks

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

全タイトルを表示

QRコード・ようこそ携帯にて風の棲家へ

QRコード

a weather forecast


-天気予報コム- -FC2-

What kind of day is today?

Lc.ワードハイライト

ブログ検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。