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連載小説『爛熟』36

 詩人は、古里へと還った。成人を向かえ、胃の腑に穴を開け、こじれて生まれ故郷で静養の日々。休学の身であったが、いよいよ体調がおもわしくなく、退学の憂き目に陥った。からん、としている旅立った時とおんなじ寒村の風景。そのさらさらと流れる風の間に間で、詩人は一人、ぽつんと(僕には東京の水は合わなかったのかもしれない。)などと、感傷ぶった想いに耽(ふけ)っていた。
 既に、母はこの世に居ない。二人の姉はこの地に居ない。実の父とふたりっきり。そのか弱さに焦れていたのか、父は大抵、食したあとは書斎に篭(こも)りっきりで、その息子とは会話らしき会話も終(つい)ぞ無かった。彼もまた、自室で一人、寝転んでそのときどき、思い思いの思索を引き起こす書物ばかりを読んで過した。後年、この父が脳内出血で倒れてしまうまで、詩人にはこの父との在る一定を伴った距離間こそにかえって自身に対する慰撫心が起こって、助けられた想いがした。隔絶、してはいまい、だが、針の先でちくりちくりと刺すかのような、詩人の脆弱さを突(つつ)く言葉の数々をこの頃、浴びせかけられようものなら、詩人はどうしていたろうか。寡黙な父が、詩人に安心感を植えつけた。どこまでも詩人は、安楽な男でもあった、ということか。
 日々、安寧。自室で、けれど何事か憂憤に耐える詩人を叱咤するかのように、村の青年団の者達が伺いに来る。ときに詩人は、その誘いに応じ、村の定例の寄り合いに出たりもした。ここでふたつ上で中学までは同校の者であった凛子に再び出くわすようになる。凛子は、既にその歳、妖しいほどの眼差しを投げかけてくる女で、けっして美人とはいい難いが男好きする顔立ちであり、村ではかなりもてると評判の女、ではあった。だが詩人には興味が起こらない。「誰とでも寝る」と良からぬ噂が後を絶たない凛子など、詩人の意識なぞ呼び覚まそうはずもなかった、からだ。だが、在る夜、皆で語らって蛍の舞いを愛でる「蛍宵(ほたるよい)」の刻、その一群の最中、詩人はこの凛子に袖を引かれた。
 「なあ、ちょっとこっち来てん?」
 蛍の群雄が、目に神々しい。
 「なあ、もうわたし、蛍にも厭きたわあ。なあ、どこかで二人で飲まへん?」
 「・・・・・・・・」
 (いや・・・)
 言葉を飲み込む、詩人。
蛍が、いまだに纏(まと)わりつく。
 「なあ、二人で飲み明かそやないの。」
 凛子の、いまにも密着してしまいかねない、顔、眉、口、鼻、くねった唇、長く伸びた鼻腔、吊上がった眉、面長、喩えてよく言う瓜実顔。ふらふらと、引いていた袖を今度は左右に ゆっくりと思わしげに揺り動かす。
 (・・・いや)
 詩人は、いまだ言葉を発しない。
 蛍宵に、糸蜻蛉(とんぼ)。青蔦(つた)も絡(から)みつく。
 「なあ、先生。すかしとらんとたまには一緒に飲もや。たんとお酌、するさかい。」
 その時、もうそこまでにあった凛子のそれらと、つんと匂った芳しき香りのいざないが詩人の何かを愕然とくず折れさせた。在り得ない、筈の葉影の中へと詩人は吸い寄せられるかのように分け入っていく。そのあとは、もう凛子の言いなりでどこで飲んだか、したたか酔って、彼がハッと我に返ったときはベッドの上であった。何故だか、自身の裸体にぎょっとした筈の詩人であったろうに、弄(まさぐ)る乳房はふくよかでその行為を止めるには忍びないほどの肌触りを感じてしまっていた。
 「あははっ、先生、そんな強(つよ)お揉んだらいかん。痛いさかい。」
 どこか不遜じみた、「先生」という響き。
 「あははっ、やっぱり先生も男やねえ。」
 ものを考えない自分との遭遇。詩人は、その時、生まれて初めて自身の、もうひとつの性癖に目覚めたのかもしれなかった。
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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