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連載小説『爛熟』38

 (いまどき、あんな唄を・・・)
 たとえ街行く若者に、そんな呟きが洩れたとしても、詩人は遂に動かずじまいで居た。感に撃たれたといった装いも無く。あわや泣いてしまうほどの煽動もその心根には届かなかったかもしれず、だが、陽が必ず翳るように、彼の胸中には、この時、なにがしかの感光が射した。詩人はただ立ち止まって「我、そのものを知らず」といわぬばかりに先を急ごうとした高坂の足を留めさせた。「聞いてみようよ。」詩人は、目でそう、合図した。聞き入る。「自分でも、あの時の気分なんて判らないですよ。」この時のそれは述懐。大男は歌い終わると、まばらなひとびとを見回して、傍らの煙草に火を灯した。拍手が起こった。詩人も拍手、した。大男と詩人は目線を交わした。一瞬、大男は眉間に深い皺を寄せた。
 小奇麗な魚屋で、ふたりは酒を少しだけ口に含んだ。いや、いいよと詩人は一度断りをいれたのだが、高坂は詩人との久方振りの再会に、うんとご馳走しようといった面持ちで、その小料理屋の暖簾をくぐるそぶりを見せたのだ。
 暮れなずみ、洋風の喫茶店へと足を運ぶ。その奥の方から、その後、詩人が聞き慣れることになる、しゃがれた声が弾んできた。あの大男である。男は、立花といって市井のギター弾きであった。また詩人と目線があった。立花は彼らを見咎めて、ゆっくりと歩んでくるとふたりの横の椅子を指さし、どさりと、その体躯をもたせ掛けた。
 「やあ。昼間、俺の唄を聴いていてくれたあんちゃん達、だね?」
 「ああ・・・、いや、まぁ、そうです」詩人が幼顔に笑顔を湛える。
 「初めて逢った人間に、こんなことを言うのもなんだが、あんたは随分、疲れた顔をしてるね。まだ、若いんだろう?、昼間、一瞬、その顔を見て驚いたぜ。」相手に挑むかのような目つき、Vの字で示す左手。
 「俺はよ。いや、ここであったが百年目よ。なあ?、俺は占星術師でもサギまがいの未来予知者、でも無(ね)え。ただ俺がピンときた奴に助言してやるまでよ。」
 横合いから、高坂。「何が言いたいんです?、そんな・・・いきなり失礼なこと言わないでくださいよ。」
 とたんにへりくだる立花。これ以上は無いとでも言えそうな屈託の無い、くしゃくしゃな顔になる。「いや、ごめんな。これが俺の流儀だ。うん?、にいちゃん、彼の友達かい?」
 「はあ、まあ、友達です。」「そうか・・・、なさ、良さそうじゃん?」「まあ、そうっスね」その振幅の激しさに、つい気勢をそがれる高坂。煙草に火をつける立花。「・・・俺は、歌うんだよ。それは唄が、この世のものとも想えぬほど好き、だっていうのもあるが、自分にへどを吐きつけたくなるほどに口惜しいことなんかがあった時、歌いたくなるとか、そういう自分流儀じゃなくてな、」そこで立花は、詩人を睨んだ。「あんたのような男を見たとき、俺は猛烈に歌いたくなる。男だけじゃ無(ね)え。あんたみてえな女を見たとき、俺の中でブルースが加速、する。癒すんじゃあ無(ね)えよ。ただ、その感覚みてえなものを歌ってるだけだがね。」
 立花は、そう言って、自身の顎髭を摩るしぐさを見せた。ニヒルに笑みを湛えている。だが、その微笑には何かしら愛嬌があった。詩人は、このとき、一言だけ立花に言葉を返した。
 「・・・・・・あなたみたいなことを言うひとを、僕はいままで知りませんよ。」
 とたんに立花はくず折れた。威勢よく大口を開けて、ゲラゲラと笑いだした。「いや、すまんすまんすまん。俺、ちょっとええ格好(かっこ)しい科白、吐いちまったかあ?」詩人は、ものの見事にあっけに取られてしまった。高坂も、含み笑いの呈、である。

 その夜、男女の異声(いせい)がいまだに絶えぬ午前三時。ほの灯りがたゆたう部屋の隅で毛布に包まれた詩人は、感慨深げにこう、呟いた。「また、東京に来ようかな・・・。」詩人には、色を成して変化(へんげ)するかのような東京という街並みが、充分に、まだまだ、魅力的でさえ想えたのだ。高坂は眠っているのか起きているのか、ただすやすやと小さな寝息を立てている。
 
 
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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