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連載小説『爛熟』5

 のんびりと安穏と気ぜわしくない時が持ちたいから、宿屋を兼ねる温泉場へ、自転車を漕いで行く。自動車を使えばひどくあっという間、なのだけれど、僕は敢えて自転車に跨り地平を駆けてゆく。そうやって風を受けて疾駆してゆく様が、自身、なんとはなしに愉しみのひとつでもあるのだから、ここはさもさもゆっくりと進みたい、ものだ。夕闇が迫りくるも好し。知り合いに声、かけられるは否。そんな只中をゆっくりとゆっくりと行け。上り坂とて厭うものでもなかろう、よ。湯に浸かる。湯に首を浸す。頭は垂れない。まじろぎ、しない。湯が、溢れかえる。しっとりと上気する。この日本という国で、ふた場所しかないという、湯に浸かる。珈琲色の湯に浸る。湯がまた湧く。湯がまた零れる。水は、きっと足さないでおこう、よ。そんな湯船にじっと身体を預ける。皮膚が滑る。腰が落ちる。ご愛嬌。薄めがちに湯の中にこの身を横たえていると、何もかも忘れてしまえそうな気がする。何もかも忘れはしまいが、いっとき忘れた気分には、いざなってくれるだろう。
 他に人は居ない。
 居るのは微かに差し込む陽の光に揺らぐ湯気の音、だけだ。
 外に出た。とたんに眉間が曇る。凛子、だ。奴が居る。彼女は今まさに自家用車に乗り込もうとしていた矢先、だったのだが、僕に気づいてしまっていつものように甲高い声で、僕の名を呼んだ。
 「あら、・・・先生」一拍置く間の、その含み笑いがちょっと艶っぽい。
 「随分と、・・・お元気そう?」
 三文役者の立ち回りに似た、だが今なら三文役者でさえそんな薄っぺらい演技もしまい。いっぱしの戯作者ならいの一番に捨て去りそうな、科白、立ち居振る舞い。そらそら、その含み笑いが僕は駄目なのさ、と想ってみても口にだすほど、野暮では無い。
 「新作、・・・ちゃーんと読みました。ふふふっ」
 いやに意味深長なそぶりなのだが、この手の女を喉からそれこそ手が出るほど欲しがる男供が居るのだから、この世情はふしだらというべきか、末だ。
 「また近々、立ち寄ってくださいな」
 ほんのりとうなじに湯気を立てて、凛子はくるりと踵を返すと、自家用車に乗り込み去って行く。きちんと窓を開け可愛げに手を振る辺りは、公娼そのものだ。だが、そう想わない男供が多勢に無勢、居る、のだろうから、されどこの世情は、末だと繰り返したい。
 僕も駆けた。無論、凛子とは正反対の路を、駆けて行く。
 僕が僕、己であるように。いっときの叙情を欲して止まぬ、それが安穏という奴、だろう?
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Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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