男が、詩人に酒を教えた。まれに所長の目を盗んでは自室でひとり、買い込んだウイスキーの小瓶を開けてちびりちびりと、喉に流し込んでゆく。「呑んでなきぁ、気持ちが萎えてしまうんだ。」暗闇の最中、まるで男だけが浮き彫りになっているかのようなスタンドライトひとつっきりの自室で、彼は創作ノートに沸々と胸中極まる何事かを書き込んでいく。・・・極まる?。その両の目は落ち窪み、まだ十代という若さで有り得ざる風体、...
- ▲
- 2006-05-14
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
糸田玲子様 ごめんなさい。貴女に僕は僕のこの想いをどうしても吐露しなければ、気が済まなくなってしまった。このままでは少し僕は苦しい。ぶしつけに、このようなお手紙をお送りする非礼をどうか、許してほしいのです。貴女は多分、驚くことでしょうね。或いは、そうと察していてくれたこと、なのかもしれませんね・・・・・・。ただ、これから綴る僕の想いは、けっしてよこしまなものなどではなく、僕の正直な貴女へ...
- ▲
- 2006-05-06
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
高坂 は、その少年時、両親の離婚を経て父を選び上京してきた。その多くの青年、少女達がそう、であるように高坂もまた、その多くを語ろうとはしなかった。我私(がし)が強く、自尊心が凄まじい。けれどその鋭い眼光とは裏腹に笑うと相好、崩れ、愛嬌が見て取れ、そこが彼の好まざる異性との出遭いを呼びこむものらしく、高坂はいつしか心、砕く相手としか笑顔を見せぬようになっていた。例えば彼の文学に対する一言(いちげん...
- ▲
- 2006-05-01
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
原色の町が在る。それは生まれた居所(いどころ)か。灰色の空が在る。それは這(は)いつくばって己の希(ねが)いを乞う場所か。十八に成る。原色の町を出た。遅生まれの詩人、ゆえに生まれたその日には、上京して既に東京に存した。卒業証書を受け取るや否や、詩人は餌をついばむ鳥が周囲の嬌声に驚いて飛び立つように、親の庇護から一時(いっとき)でも早く逃れたい、などといっぱしの想いに募らされてその町から出(い)で...
- ▲
- 2006-04-23
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
やがて、雨を携えて覆い被さってくるであろう嵐。遠来にやや、と望むは閃光。そうだね、あの時も上空は迫り来る嵐を孕(はら)んでいたろうねえ。僕は何処までも地平の及ぶ限り続いているかのような野っ原の、いわば一迷い人、みたいなものだったろう。「随分、心細かった。僕はいまにも泣き出したいような気分に陥って・・・。随分、心細かったよ。随分、随分ね・・・・・・」 あれは一体、いつのこと、だったろうねえ。小...
- ▲
- 2006-04-17
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
自死。一度目は服毒。二度目は静脈(じょうみゃく)断裂。未遂に終わった、だがかつての、詩人自らのこれら行為は主への冒涜、以外の何ものでもない。主は、自らの死をけっして自らに課してはいない、はずだ。奉仕の精神は生あるところにこそ輝きを生(う)む。死してはけっして煌(きらめ)いてはくれぬもの?、 窮するとひとは澱む。留まる。動かなくなる。落ち込む。凹(へこ)む。詩人はそこから周囲の想いも及ばぬ行為に...
- ▲
- 2006-04-16
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
誉れ高き主よ、我の、この胸にとまれ。教会の最頂部に設けられている、その大鐘が勢いよく振幅を起(た)てれば一帯に響き渡る、それらはひとの悲しき性を癒す一定の韻律、になる。そこにパイプオルガンの伴奏と共に合唱隊の調べが重なり、辺りは啓蒙の民の敬虔なる祈りで満たされる。はずだ、はずだ、はずだ。はず、さ。 詩人は、どこへ来たか。実父の死を受け、寒村にひとり取り残された詩人は、果たしてどういう想いでそこ...
- ▲
- 2006-03-24
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
ネットカヘェへと勢いこんで、立てた自転車が転ぶさま。苦笑いしてもう一度自転車を立てるさま。少女には予感があった。入るなりすぐさまネットへと繋(つな)ぐ。『〇〇慈善事業評議会』・・・そこに求める詩人は存していた。「〇〇県〇〇群〇〇村」在住。ペーストし、そのまま検索してみる。「〇〇村役場」連絡先電話番号・・・。メモ書きし、一旦外へとまた駆ける。ポケットをまさぐるその手には携帯電話。番号をひとつひとつ...
- ▲
- 2006-03-24
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
運命(さだめ)とは浪漫的、なものか?、赤い糸の伝説であったり、主の配罪に拠る業のようなもの、宿命とも言うべき出遭い、別れ・・・だがひとは歳を重ねるごとに、このようないわば見えざる世界への連想、空想を次第に想わなくなる。厳しい現実に晒(さら)されて、自身の技量だとか天賦(てんぷ)の才の無さ、だとかそういった生き様にすぐさま投影するかのような事態に陥って挫けてしまうから。「僕は駄目だなあ」「私って...
- ▲
- 2006-03-23
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -
少女は物心をついた頃から、詩情の世界に溶け込むことが好き、だった。あからさまに口について吐けない感情も、詩に重ねれば物憂さに付託して一時(いっとき)は消える。自身でも詩を編んだ。ゲーテには薔薇(ばら)の花弁を委ねられる想いがした。アポリネールには自然の風雅な森林を訪ねるかのような、安息観を。プーシキンには慈しみをヴェルレーヌには失望をマラルメには知を、そうしてランボーには砂塵の荒野をさ迷い歩く孤...
- ▲
- 2006-03-18
- 『爛熟』不定期連載
- トラックバック : -