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連載小説『爛熟』35

 男が、詩人に酒を教えた。まれに所長の目を盗んでは自室でひとり、買い込んだウイスキーの小瓶を開けてちびりちびりと、喉に流し込んでゆく。「呑んでなきぁ、気持ちが萎えてしまうんだ。」暗闇の最中、まるで男だけが浮き彫りになっているかのようなスタンドライトひとつっきりの自室で、彼は創作ノートに沸々と胸中極まる何事かを書き込んでいく。・・・極まる?。その両の目は落ち窪み、まだ十代という若さで有り得ざる風体、...

連載小説『爛熟』34

     糸田玲子様 ごめんなさい。貴女に僕は僕のこの想いをどうしても吐露しなければ、気が済まなくなってしまった。このままでは少し僕は苦しい。ぶしつけに、このようなお手紙をお送りする非礼をどうか、許してほしいのです。貴女は多分、驚くことでしょうね。或いは、そうと察していてくれたこと、なのかもしれませんね・・・・・・。ただ、これから綴る僕の想いは、けっしてよこしまなものなどではなく、僕の正直な貴女へ...

連載小説『爛熟』33

 高坂 は、その少年時、両親の離婚を経て父を選び上京してきた。その多くの青年、少女達がそう、であるように高坂もまた、その多くを語ろうとはしなかった。我私(がし)が強く、自尊心が凄まじい。けれどその鋭い眼光とは裏腹に笑うと相好、崩れ、愛嬌が見て取れ、そこが彼の好まざる異性との出遭いを呼びこむものらしく、高坂はいつしか心、砕く相手としか笑顔を見せぬようになっていた。例えば彼の文学に対する一言(いちげん...

連載小説『爛熟』32

 原色の町が在る。それは生まれた居所(いどころ)か。灰色の空が在る。それは這(は)いつくばって己の希(ねが)いを乞う場所か。十八に成る。原色の町を出た。遅生まれの詩人、ゆえに生まれたその日には、上京して既に東京に存した。卒業証書を受け取るや否や、詩人は餌をついばむ鳥が周囲の嬌声に驚いて飛び立つように、親の庇護から一時(いっとき)でも早く逃れたい、などといっぱしの想いに募らされてその町から出(い)で...

連載小説『爛熟』31

 やがて、雨を携えて覆い被さってくるであろう嵐。遠来にやや、と望むは閃光。そうだね、あの時も上空は迫り来る嵐を孕(はら)んでいたろうねえ。僕は何処までも地平の及ぶ限り続いているかのような野っ原の、いわば一迷い人、みたいなものだったろう。「随分、心細かった。僕はいまにも泣き出したいような気分に陥って・・・。随分、心細かったよ。随分、随分ね・・・・・・」   あれは一体、いつのこと、だったろうねえ。小...

連載小説『爛熟』30

  自死。一度目は服毒。二度目は静脈(じょうみゃく)断裂。未遂に終わった、だがかつての、詩人自らのこれら行為は主への冒涜、以外の何ものでもない。主は、自らの死をけっして自らに課してはいない、はずだ。奉仕の精神は生あるところにこそ輝きを生(う)む。死してはけっして煌(きらめ)いてはくれぬもの?、 窮するとひとは澱む。留まる。動かなくなる。落ち込む。凹(へこ)む。詩人はそこから周囲の想いも及ばぬ行為に...

連載小説『爛熟』29

  誉れ高き主よ、我の、この胸にとまれ。教会の最頂部に設けられている、その大鐘が勢いよく振幅を起(た)てれば一帯に響き渡る、それらはひとの悲しき性を癒す一定の韻律、になる。そこにパイプオルガンの伴奏と共に合唱隊の調べが重なり、辺りは啓蒙の民の敬虔なる祈りで満たされる。はずだ、はずだ、はずだ。はず、さ。 詩人は、どこへ来たか。実父の死を受け、寒村にひとり取り残された詩人は、果たしてどういう想いでそこ...

連載小説『爛熟』28

 ネットカヘェへと勢いこんで、立てた自転車が転ぶさま。苦笑いしてもう一度自転車を立てるさま。少女には予感があった。入るなりすぐさまネットへと繋(つな)ぐ。『〇〇慈善事業評議会』・・・そこに求める詩人は存していた。「〇〇県〇〇群〇〇村」在住。ペーストし、そのまま検索してみる。「〇〇村役場」連絡先電話番号・・・。メモ書きし、一旦外へとまた駆ける。ポケットをまさぐるその手には携帯電話。番号をひとつひとつ...

連載小説『爛熟』27

  運命(さだめ)とは浪漫的、なものか?、赤い糸の伝説であったり、主の配罪に拠る業のようなもの、宿命とも言うべき出遭い、別れ・・・だがひとは歳を重ねるごとに、このようないわば見えざる世界への連想、空想を次第に想わなくなる。厳しい現実に晒(さら)されて、自身の技量だとか天賦(てんぷ)の才の無さ、だとかそういった生き様にすぐさま投影するかのような事態に陥って挫けてしまうから。「僕は駄目だなあ」「私って...

連載小説『爛熟』26

 少女は物心をついた頃から、詩情の世界に溶け込むことが好き、だった。あからさまに口について吐けない感情も、詩に重ねれば物憂さに付託して一時(いっとき)は消える。自身でも詩を編んだ。ゲーテには薔薇(ばら)の花弁を委ねられる想いがした。アポリネールには自然の風雅な森林を訪ねるかのような、安息観を。プーシキンには慈しみをヴェルレーヌには失望をマラルメには知を、そうしてランボーには砂塵の荒野をさ迷い歩く孤...

Appendix

Literature sight-seeing『風、早暁記。』

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introduction

風友仁(かぜともひと)

Author:風友仁(かぜともひと)
 
 沖に出たらば暗いでせう、
 櫂から滴垂る水の音は
 昵懇しいものに聞こえませう、
 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

 月は聴き耳立てるでせう、
 すこしは降りても来るでせう、
 われら接唇する時に
 月は頭上にあるでせう。

 あなたはなほも、語るでせう、
 よしないことや拗言や、
 洩らさず私は聴くでせう、
 ――けれど漕ぐ手はやめないで。
   中原中也『湖上』拠り 
*『爛熟』この書を我が畏敬のひとり、中原中也の御霊に捧ぐ。


*an information desk *
皆々様の厚きご支持、心より傷み入ります。有難うございます。

*新たなる風の舞、ここに興つ。*
*謹告*当オンライン小説サイトでは、大変申し訳ございませぬが一切のコメント・トラックバック等は諸事情に拠り、お断りさせてもらっております。どうぞご了承くださいませ。*尚、この小説に関する全ての帰属権並びに著作権は筆者、風友仁にございます。個人で愉しむ以外のコピー、それらを商用の配布等に用いたりする行為は法律で禁じられておりますので是非、お止めくださいませ。現在公開中のものにつきましては、何の予告もなく、加筆、訂正、語彙、言い回しの変更、削除等行われる場合がございますが、それらについての更新情報等は行っておりませんのであらかじめご了承下さいませ。
*今後とも『爛熟』並びに風友仁の綾織る世界観にどうぞご支持、ご声援のほどを、宜しくお願い致します。
 
  2006・1・15 心を込めて。
         風友仁

*連載小説『爛熟』に就きまして*
 この物語は、空想の物語であり、一部事実を基に脚色なされておりますが、登場する人物及び団体の名称等、ある特定の人物及び団体等を示唆、揶揄、誹謗、中傷する類いのものではありません。飽くまでも架空の物語としてお読みくださいませ。またもしや名称、団体名等が同じでも飽くまでも架空の物語でありますのでその点、どうぞお知りおき下さいませ。皆様のご理解の程、何卒宜しくお願い致します。著者・風友仁


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